1年 矢代弘晃
ブログをご覧いただきありがとうございます。
はじめまして、中山侑さんよりご紹介にあずかりました、1年の矢代弘晃です。
なぜわっしーと呼ばれているかというと私の一人称がわしだからです。
初めてのブログで何を書けばいいかわからないので簡単に自己紹介と自分のこれまでを振り返ろうと思います。
私は群馬県前橋市出身で、高校は桐生工業高校を卒業しました。
趣味は読書です。寮にきてから月に一冊活字の本を読むという自分の中でルールを決めており現在8冊目です。辻村深月さんの闇祓を読んでいます。過去に読んだ本で印象に残っている本は世界でいちばん透きとおった物語です。ぜひ一度紙の本で読んでみて下さい。
陸上を始めたきっかけは中学校で部活動を選ぶときに運動はしたいけど球技は苦手という条件で考えた結果走ることを選びました。
中学生の頃はあまり深く考えずただ課せられたメニューをやるだけそこまで陸上に熱はありませんでした。タイムも同期2人に1年から3年までずっと負けていました。楽しくはありましたが引け目がついて回る3年間でした。周りにいる皆さんみたいな記録を残すことなく3年間を終えました。
特に未練があったわけではありませんが陸上をやめるほどの決断力も私には持ち合わせていなかったため惰性的に高校でも陸上をやることにしました。
深く物事を考えず陸上ができればいいやで高校を選び、入学しました。
そんな高校は中学とは対照的にいろいろなことがありました。そしてなんとなくだった自分を変え、自分が農大に行くきっかけをくださった恩師に出会いました。
高校2年の春に部活の副顧問、社会科の先生として茂原大悟が高校に来ました。茂原先生は国学院で三大駅伝に出場経験があり、出雲駅伝では5区を走り優勝に貢献した経歴を持つすごい人です。経験値が私たちの比じゃないため補強から走り方、チームの在り方、考え方に至るまで私たちに様々な刺激を与えてくれました。また練習を引っ張ってくれました。
茂原先生が来てから練習の質もぐんと上がり自分の中で着実に力をつけている実感を持つことができ、部活にやりがいを持てるようになりました。やっていくうちにそれなりにタイムも出るようになりました。
ただすべてがうまくいっていたわけではありません。ケガが多くちゃんと練習を積めない時期もありました。せっかく良い先生に出会えたのにもったいないことをしたと思っています。このような未練ができたため大学でも競技を続けたいと思うようになりました。そのことを先生に話したら農大を進められ、考えた末農大に進学すること決めました。
大学に来てからはケガばかりでちゃんとした練習をすることができていませんが茂原先生に結果で恩返しできるように練習に精進します。
稚拙な文章ですが最後までご覧いただきありがとうございました。
次のブログ担当は2年生の前田和摩さんです。
どうやら最近前田さん、ワンピースカードを始めたそうです。リムをリーダーで使っていて、閻魔ゾロが出てくると厄介だそうです。強いという話を聞きますがいつか勝とうと思います。
それでは次回もよろしくお願いします。